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【ファッションと自己表現とは?】

こんにちは

しゅーとです

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バングラデシュに来て、

早いもので、10日も経ちました。

 

セレブ感出してみようとしましたが、

僕には無理だったようです。笑

 

それに毎日

激辛スパイスカレーとマンゴーを

食べているので便通が

すさまじく良いです。

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まじで美味しいです。元気100倍です。

 

 

そんな中。今日も

街を歩いていた時のことです。

 

周りを見ると

洋服を着ている人もいれば

 

どうやら丈の長い服を

着ている人もいます。

 

これですね。

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写真は、僕がお手伝いさせていただいている

NPOの代表の藤原さんです。

 

どうやらパンジャビという

伝統的な衣装なようです

 

 

日本でいう

浴衣ですね。

 

もう日常的に

浴衣を着る人は

あまり見かけませんが。

 

 

僕は

伝統的な衣装を着ている

バングラデシュの人を見て

思ったことがあります。

 

 

ファッションとは

自己表現なのか?

ということです。

 

当たり前のことだと

思うのですが

 

日々、多くの人は

自分は持っていないから

何かを渇望しています

 

新しい携帯や服が欲しい

地位や名誉が欲しい

お金が欲しい

 

僕が世の中で見る限り

 

渇望

誰かより優位に立つ

 

と捉えられているケース

が多いかと思っているんです。

 

 

 

例えば

ファッションについて

pexels-photo-291762

 

 

他人と違って

それが良い。

 

みたいな言葉を

よく聞きます。

 

現在

世の中に円満している

自己表現って

 

 

 

自分の優位性を確保したい

他人と違いたい

自分自身の存在意義を示したい

奇抜なファッション

 

 

こういった文化が

あると思います。

 

もちろん

はみ出し者になりたくないし

傷つけられたくないから

皆と一緒でいいや。

 

そう思う人が

大半かと思いますが

 

この光景

僕が遠くから見たとき

もはや、ウォーリーを探せです。

 

これです。

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「いや。シュート違いますよ。

これも立派な自己表現」

 

そうだと

簡単に言わせませんよ。笑
 

僕が定義する自己表現は

簡潔にいうと

 

究極の自己満足

だと思うんです。

 

 

例えば

僕が、なんらかの理由で

火星に住んでいるとします。笑

 

火星に住んでいる人は僕だけ。

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リアルに考えると

とっても

寂しい。笑

 

別に誰に見られる

わけでもなくて

 

僕はそこに生えている

草と少しの水を飲みながら

過ごしています。

(実際にあるかはわかりませんが)

 

そうすると

僕は自分という存在を

どう表現するのか?

 

おそらくですが

素っ裸で

髪の毛も伸ばしまくりで

お風呂は週1で

過ごすことでしょう。

 

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もはや、北京原人です。

 

インスタ映えというワードは

脳内に過ぎりもしないでしょう。

 

でも、

たまに火星も

寒くなるかもしれません。

 

体温保持のため

何かを羽織る必要があります。

 

地球から持ってきた牛革を

羽織るとします。

 

おしゃれにしたいと

思いますか?

 

僕は全く思いません。笑

 

 

ですから、現代において

僕たちがファッションを

楽しむ要因の1つには

“他人がいる”

ことは絶対に欠かせない。

と僕は考えるんです。

 

 

本来、人は服に対して

おしゃれを求めるのではなく

機能を求めるということかと。

 

だから

僕が、この感覚で

地球に突如、再ワープした時に

どうするだろうか?

 

おそらく

みんなに溶け込もうとして

また洋服を着ることでしょう。笑

 

僕たちって

そんなもんだと

思います。

 

僕たちは他人を気にしながら

しっかりと生きている。

 

 

だから、

ファッションにおける

“自己表現”という言葉は

 

自分の周りに

誰もいないの場合に

着る服のこと

を指すことになります。

 

あえて地球上で見つけるなら

全くファッションに

興味のない人が

地球上で

最も自己表現を

実行している人だと。

 

機能を着ているので。

 

服には

 “機能”以外に

 “意味”というものが

あります。

 

社会学の本で読みましたが

タイトルは忘れました。涙

 

例えば

浴衣で例えてみましょう。

 

夏祭りの際に

浴衣を着ますよね

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なぜか?
それは、その浴衣の意味を

着ているからです。

 

「スーツで夏祭りに行こう!」

なんて人はいませんよね。笑

 

 

現代においては

夏祭り=浴衣を着る。

 

浴衣が夏祭りという意味を

持っているからですよね。

 

そういった意味を着ることは

自己表現にはならないと

考えるんです。

 

結局は

浴衣を着ることは

夏祭り=浴衣と決めつけている

集団があるからです。

 

 

社会や集団が

浴衣を着ようと決め

それに賛同した人々がいる。

 

だから着る。

 

つまり、

個人の決断によって

決められた自己表現

ではありません。

 

 

長々と持論を

展開しましたが

 

僕たちが使う“自己表現”は

 

他人と違いたい

他人と一緒でいたい

 

という考えの

もとに形成された言葉に

すぎないんです。

 

 

本質的には

僕たちは

先人の人によって

作られた社会によって

生み出された

慣習が文化となり

 

その土台の上に

生きているだけ。

 

だから

自己表現なんて言葉が

人類に存在していることすら

 

僕は違和感を感じるんです。

 

 

むしろ僕は、

それを意識した上で

人と関わりながら

何のために

ファッションを

楽しむのか?

 

こっちの方が

重要だと思っています。

 

オシャレも何もかも

楽しんでいきましょう

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実は

バングラデシュは縫製に関する人材の宝庫です。

その裏では、僕たちが知っている会社と

安価で取引される実態もありますが。

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バングラデシュの服を着る

僕たちが社会を変えれたら、超オモロイ。

 

バングラデシュでの滞在が

残り3日になりましたが気張っていきます〜

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どもども、努力は実る。馬鹿でも出来るってことをこの社会に示したい。
この社会でボクはどう生きたいのかを赤裸々に、でも怯えながら更新中

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